Saturday, November 19, 2016

ジャーナルを始めませんか!

一昨日の我が家ラナイからのきれいでかわいい雲たち!

ジャーナルとは日記という意味がありますが、日記というと子供の頃夏休みの宿題に書かされた絵日記のような物を思い出す方が多いかもしれません。毎日書かなくてはいけない「お仕事」と。でもそうではなくて、いつでも何かインスピレーションが湧いたり、何か、正に目に見えない世界からメッセージのようによい考えが来たり、自分の悩みの解消の考えだったり、はたまた、まるで脈絡のない、突拍子のない言葉だったり、そういう物をメモ帳に書き付けることです。後から読んだ時に、あ〜っと意味が分ったり、読んだ時にとても必要な言葉であったり、自分の体からの病気という形でのメッセージの意味であったり、自分の生き方の軌道修正を助ける重要なメッセージの宝庫となります。

これは20年以上前に通訳として働かさせていただいた、イルカリサーチャーのジョーン・オーシャン女史のセミナーで習ったことです。イルカからもらったメッセージ、またはイルカに会ってからその後来たインスピレーションや瞑想などして受けとった言葉をジャーナルに書き付けましょうと。意味が分らなくても、とにかく書き付けておけば、必ず後で役に立つから、と。

その上、書くことのよいことは、書き始めるともっとメッセージが入ってきて、頭の中が整理され理解が深まるということです。


うちのエンジェル・トモ
今朝、私の愛猫トモがベッドの上で一緒に寝ていました。彼女は私に体をくっつけていました。トモは基本、体を少し離して寝ています。それは私が寝ている間に蹴ったり、体を彼女の上に乗せたりする危険があるので離れているんだと思ってました。私の中の子供性のさっちゃんは、「仕方ないか、でもくっついて寝たいなぁ」と思ってました。ですから今朝は、さっちゃん大喜びで、「キャ〜トモたんがくっついてる〜」と大はしゃぎです。「でもきっと長く続かないんだろうな、この幸せは。。。」ってさっちゃんは思っていました。そうすると、筋腫がみつかった子宮の当たりがざわめき始めたんです。筋腫ってどうもクモの巣のような編み目のようなホコリがフワッとたまっていくような姿のようです。(これは一連の検査をしている最中に何度も目を閉じた時に見せられた姿でした)それで、はたっと気づいたんです。あ〜幸せは長く続かないと私は思っているんだと、それが筋腫になったんだと。幸せの継続を信じない私が、創造するエネルギー第二チャクラに「幸せは一過性なんだ」と信じ込ませ(それも誰か愛する人との幸せは)、そこから来る悲しさ、失望感がフワッと子宮内に沈着していったのが私の筋腫だった、という気づきをしたんです。

そして、それと同時に右ミゾオチが押されたように痛くなりました。今度は危険、こわいという感覚と共に。そう、トモがくっついていてくれるのはうれしいんだけど、ネコちゃんは時に爪を出したりと危険な動物だという概念が子供の頃つき、父も嫌いだったこともあり、ネコは危険な動物で、実は私も嫌いと思ってたんです。そう「うれしいけど危険」という考えを持ちながら、トモとくっついていて、私の子供性はいつもこわかったんだと思いました。そうトモが私といると危険だと思っていると勝手に思っていたのは私だったんですね。

こわいを感じるチャクラはミゾオチにある第三チャクラです。まさに正しいチャクラの位置にある部分が痛くなった。いつ危険なことになるか分からない。それがさっちゃんの言い分だった。

ここ2年くらいの私の体の変調の意味がやっと今日、分った気がしたんです。子宮筋腫と右のミゾオチからのメッセージは

「幸せは長く続かない。」(特に愛する者との幸せは)
「安全は長く続かない。」

それを私は信じていると言うこと。

こわさの学び=地球での学びの中心がここにありました。

それでアファメーションを作りました。

右ミゾオチ部: 安全を選ぼう。そうしたら続く!

子宮/筋腫: 幸せをつくり続けることを選ぼう!

そう思いながらベッドにいると、トモが体を動かし一瞬離れたかなと思うのですが、アファメーションを唱え続けていると、また体をポンとくっつけてくる。また動かして、今度は離れちゃんたかなと思ったら、シッポがちゃんと私の足の上にあるんです。私のアファメーションはトモに届いたようです。そう、トモがこわかったんじゃなくて、トモは私が時々危険な存在になるとトモが信じていると私が思ってたんです。ですから、私がその考えをやめたら、トモはペタッとくっついてきてくれた。そして体の変調もやわらいでなくなった、というのが今朝の出来事です。起き上がり、早速私はこのアファメーションをジャーナルに書き付けました。人は日が経つと本当に忘れてしまうことも多いです。それにこの「老化」実験中の方には。

何か物を考えている時、それも気持ちが生まれて体が反応している時、ざわつく、痛い、かゆいなどは、その思考と感情のせいのようです。それでその位置に変調が起きている。そういう思考と感情をやめれば、体の変調は治るという意味じゃないかと私は思い始めてます。ルイーズ・ヘイさんの考えを私が証明しているような感じで、うれしいです。

(私にとっての気づきです。私自身に何かの役に立つことを私は自分自身の真実と思っています。ですから、みなさんにとっても役に立つかどうか試していただきたいというのが本意です。人それぞれの真実があります。お役に立ったら幸いです。)

ジャーナルはとても助けになります。後から腑に落ちることはたくさんあります。小さなメモ帳を持ち歩き、目に見えない光の世界からのメッセージをいつでも書きつけられるようにするとよいです。

みなさまもジャーナル始めませんか?

ちなみにジャーナル JOURNAL という言葉は日記帳やメモ帳のこと、でき事などを記録することも指します。ジャーナリズムはそこから来ていますね。


うちのプルメリアのプルちゃん、まだまだ咲きます! 11-17